自殺するなんて無闇に口にする奴は
生きたくても生きられない人の存在を知っているのか?!と言いたい。
「電池が切れるまで―子ども病院からのメッセージ (角川文庫)」や「病院で死ぬということ (文春文庫)」のように、尊厳を持って、懸命に生きて死んでいく人たちの存在を。あと先日のNHK「ラストメッセージ」手塚治虫の回はすごかったね。
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11/11が過ぎましたが結局誰も死ななかったよね。
いじめと自殺についてちょっと考えてみようと思っている。
何で、逃げられないのだろうか。ネット環境が「逃げられない」環境作りに一躍買っているというのもなかなか皮肉な話だね。陰湿だ。
つぅか、辛い目にあった先生方も、そんな簡単に死なないでください。本当に頼みます。
あなた方も逃げていいんですよ?クビになるってことが、今の世間ではそんなに怖いですか?
via Life is beautiful:『いじめられっ子』にならないためにしてきたこと体験談」大募集
わたしはどー考えてもいじめられてておかしくない変人ぶりを小学校の頃から発揮していたが、いじめられたことは一度も無い。その要因をいくつか考えてみた。
- 成績は比較的高水準を保っていた
- 自分の世界・趣味・学校以外の居場所を持っていた
例えばバイトであったり、図書館であったりしたわけだけれど。あと同人か。 - ていうか、変人っぷりが度を抜きすぎていてつつけなかったのかもしれない(笑)
演劇部での演技とかはどう考えてもおかしかったと思うしねw
というわけで、「出過ぎる杭は打たれない」がわたしの今も続くスローガンです。
なんか先日民放ニュース番組で中学生24人集めていじめについて喋らせていたけれど、彼らが一様に言っていたのが「出すぎず、引っ込みすぎずのポジションを維持すればいじめられない」ということだった。
…こんな若くしてそんな処世術を身につけなければならないというのは切ないね。
何が「出過ぎて」いるのかというと恐らく、自分の「個性」とか「ポリシー」とか「夢」とか「目標」ということだと思うのですね。いじめっ子たちに無いものへのジェラシーによっていじめは起こるのではないかと。
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いじめられっ子で小4にして生きることに絶望しかけていた自分の要因を考えてみる
1.口数少なく人見知りの激しい、リアクションも
少ない大人しい性格だった(昔はね)
2.協調を求められる集団行動になじめなかった
友人とも心の中で距離を置いていた
3.周りの子が嫉妬するくらい実は可愛かった
4.学校ではクラスメイトの男子にからかわれ、
校門を出ると親友だった女の子に束縛され、
家庭では当時本音を口に出せず、
心の逃げ場が無かった
え?3番ダメ?
わたしもいじめられ要素満点だったのになぜかあまりいじめられなかった口。(多少のからかいはあった)
理由もpinkmacさんと同じかなー
でも1.はいじめられない理由になるかなー?
ちなみに↑の
>3.周りの子が嫉妬するくらい実は可愛かった
もw
ただし、男の子にしてはという注釈がついたりしますw